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東京地方裁判所 平成6年(ワ)15392号 判決

原告

株式会社千代田インベストメント

右代表者代表取締役

大坂屋善吉

右訴訟代理人弁護士

的場徹

長谷一雄

佐藤容子

被告

三井不動産株式会社

右代表者代表取締役

田中順一郎

右訴訟代理人弁護士

渡邉昭

片柳昂二

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は、原告に対し、金二億一二五五万円及びこれに対する平成五年八月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その一を原告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  (主位的請求の趣旨)

被告は、原告に対し、金四億円及びこれに対する平成六年七月五日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  (予備的請求の趣旨)

主文第二項と同旨

第二  事案の概要

本件は、原告会社が被告会社の社員萩原から、被告会社が約三か月後に南青山の本件土地を地上げ業者から買い上げる予定なので、右地上げ業者である世界資源環境研究所に対して短期の繋ぎ融資をしてほしい旨頼まれ、これを信じて同研究所に三億二〇〇〇万円を貸し付けたが、被告会社は萩原には被告会社の代理権がなく、被告会社が同研究所から本件土地を買い上げる予約をした事実はないとして、本件土地の買上げを実行しなかったことから、原告は貸付金の返済を受けられなかったと主張して、原告が、主位的に、同研究所と被告会社間の売買予約契約上の売主の地位を同研究所から譲り受けたことに基づき、買主である被告に対し、右売買予約契約に基づく代金請求を行なうと共に、予備的に、仮に被告会社において本件土地を買い上げる予定がなく、萩原には被告会社を代理する権限がなかったとしても、萩原は詐欺の不法行為をしたものであるから、被告会社には民法七一五条の使用者責任があるとして、貸付金回収不能による損害賠償金の支払を求めているという事案であり、中心的争点は、(一)主位的請求については契約上の地位の譲渡についての被告会社の承諾の要否・有無、(二)予備的請求については、(1)萩原の詐欺行為の成否、(2)右詐欺行為が外形上被告会社の事業の執行につきなされたといえるか、(3)萩原の代理権の不存在に関する原告会社の悪意重過失の有無である。

一  (原告会社の主張)

(主位的請求の請求原因―売買予約に基づく代金請求)

1  被告会社の土地買収計画

被告会社は、平成五年七月ころ、東京都港区南青山三丁目営団地下鉄「表参道」駅付近の青山通り沿い地域において、三井不動産ファイナンス株式会社と共同して商業ビルを建築することを計画し、その敷地の買収手続を進めていたが、買収予定地域内の地権者に提供する代替用地として、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。甲一の一)の買収を計画していた(以下「本件南青山開発事業計画」という)。

2  本件売買予約契約の締結

(一) 被告会社は、平成五年八月四日、その商業使用人である商業施設事業本部事務管理課課長代理萩原和夫を通じて、株式会社世界資源環境研究所(代表取締役須田昭)との間で、同研究所が本件土地の所有権を取得した日から三か月以内に本件土地を四億円で買い受ける旨の売買予約契約を締結した(以下「本件売買予約契約」という。)。

(二) 仮に、萩原が被告会社を代理する権限を有していなかったとしても、原告会社は萩原が代理権を有するものと信じており、かつ、そう信じたことについては、正当な理由があるから、民法一一〇条の表見代理が成立する。

3  原告会社の世界資源環境研究所に対する本件貸付

原告会社は、平成五年八月一七日、世界資源環境研究所に対し、本件土地の買収資金として、三億二〇〇〇万円を、弁済期間を平成五年一一月一六日と定めて貸し渡した(以下「本件貸付」という。甲四)。

4  世界資源環境研究所による本件土地買収

世界資源環境研究所は、平成五年八月一七日、本件土地及びその地上建物(甲一の一、二)を斉藤正江他八名から買い受けた。

5  本件売買予約契約の予約完結権の行使

世界資源環境研究所は、平成五年一一月一七日、被告会社に対し、本件売買予約契約上の予約完結権を行使したが、被告会社の担当者萩原は、売買契約の履行を確約したものの、その実行日を先延ばしにした。

6  原告会社への契約上の地位の譲渡

その後、被告会社が本件売買予約契約の履行を拒絶する態度を示すようになったため、世界資源環境研究所は、被告会社から受領する売買代金によって原告会社に対する本件貸付金債務を返済することが困難になったものと判断し、平成五年一二月一五日、原告会社に対し、本件貸付金債務の代物弁済として本件土地を譲渡すると共に、本件売買予約契約上の売主たる地位を譲渡し、平成六年六月二日、その旨を被告会社に通知した(甲七の一、二)。

7  原告会社の反対給付の提供

原告会社は、平成六年七月四日、被告会社に対し、被告会社が売買代金四億円を原告会社に支払うのと引き換えに、原告会社が本件売買予約契約上の反対給付の提供すなわち本件土地の引渡と所有権移転登記手続を行なう準備のあることを通知した(甲八の一、二)。

よって、原告会社は、被告会社に対し、本件売買予約契約上の予約完結権行使に基づき、売買代金四億円及びこれに対する平成六年七月五日から完済に至るまで年六分の商事法定利率の割合による遅延損害金の支払を求める。

(予備的請求原因―民法七一五条の使用者責任)

1  萩原和夫の詐欺

仮に萩原が土地取引に関して被告会社を代理する権原を有していなかったとしても、萩原は、真実は、被告会社の代理権を有さず、かつ、被告会社において本件土地を買い取る予定がなかったにもかかわらず、平成五年八月四日ころ、原告会社に対し、「被告会社の事業として本件土地の取得が必要であり、世界資源環境研究所がこの土地を取得した場合、被告会社がこれを四億円で購入する。」などと虚偽の事実を申し向け、架空の事業計画と土地買取りの話をねつ造して原告会社に右取引への参加を勧め、これを信用した原告会社をして、被告会社が支払う売買代金を引き当てとした世界資源環境研究所に対する三億二〇〇〇万円の本件貸付を実行させた。

2  損害

その結果、原告会社は、弁済期である平成五年一一月一六日に本件貸付金の弁済を受けられず、同年一二月一五日になって世界資源環境研究所から代物弁済として本件土地を譲り受けたが、その価値は平成六年六月二四日付けの不動産鑑定評価によれば一億〇七四五万円にすぎず、損益相殺をしても、残余の貸付金二億一二五五万円が回収不能となっているので、原告会社は、右同額の損害を受けた。

よって、原告会社は、被告会社に対し、被告会社の社員である萩原が被告会社の事業の執行につき行なった右詐欺行為について、民法七一五条の使用者責任に基づき、損害金二億一二五五万円及びその遅延損害金の支払を求める。

二  (被告会社の主張)

1  本件売買予約契約上の地位の譲渡には、相手方である被告会社の同意が必要であるところ、被告会社は同意したことがないので、原告会社の主位的請求は、主張自体失当である。

2  被告会社には本件南青山開発事業計画は存在しない。三井不動産ファイナンスが青山ビル開発株式会社に融資し、同社が地上げした土地に担保権を設定した事実はあるが、それは青山ビル開発株式会社による独自の土地開発に対して融資したものにすぎず、被告会社が商業ビルを建設するなどという計画はなかった。

3  萩原は、たしかに平成六年二月一七日に退職するまで、被告会社の社員であった。しかし、その地位は、「商業施設事業本部事務管理課課長代理」であって、債権債務の管理・保全や文書の保管・管理等を職務内容とするものであって、被告会社を代理して土地取得等の業務を行なう権限は全くなかったから、本件売買予約契約は、萩原個人の取引であることが明白である。

具体的には、被告会社の組織規則によれば、被告会社の商業施設事業本部の事務管理課の分掌する業務は、商業施設事業本部の(1)長期・期別事業計画の策定・管理、(2)諸勘定の仕訳・記録、原価計算、決算整理、月次・期別財務諸表・資金運用表の作成、(3)棚卸資産、固定資産(建設仮勘定を含む)、金銭債権・債務、未決算勘定の管理・保全、(4)業務の調査研究・企画立案、総括・調整、(5)所管関係会社の管理・育成、(6)本部長印・本部印並びにSC事業部及びホテル事業部の部長印・部印の保管・押印となって、萩原が所属する事務管理課には、土地の取得について何らの権限もない。また、被告会社の職務権限基準によれば、土地の取得について権限を有する部署であっても、課長代理には何らの権限もなく、課長になって初めて土地取得に関する提案・起案を行なう権限が与えられているにすぎず、発議は部長が行なうものとされ、用地取得については一億円未満についてのみ、事業計画については投資額二億円未満についてのみ、所管部長に決定権限があり、これらを超える額の用地取得・事業計画の決定については、全て金額に応じて担当役員、副社長、社長の決裁を要するとされている。

4  また、本件においては、次の①ないし⑥の諸点に照らせば、民法一一〇条の表見代理の成立要件である「正当の理由」は存在しないし、仮に萩原が詐欺をしたとしても、それは外形上も被告会社の事業の執行につきなされたものとはいえないし、萩原が代理権を有していないことについて原告会社には悪意重過失があるから、民法七一五条の使用者責任は生じないというべきである。

① 被告会社が第三者と法律行為をした文書であるならば、全て代表取締役社長名義で作成し、被告会社の公印が押されるはずであるのに、本件売買予約契約に関して被告会社が作成した書面であると原告会社が主張する甲三、五及び六号証においては、被告会社の公印がなく、萩原個人の名義で作成され、同人名の印鑑が押捺されている。

② 巨額の土地取引においては複数の担当者が関与するのが当然であるのに、本件では萩原一人で対応している。

③ 原告会社では、被告会社に対し、萩原の代理権や本件南青山開発事業に関して何らの照会・確認もしていない。

④ 原告会社は全ての通知を萩原個人を指名して行なっており、萩原個人の印鑑証明書の提出を求め、これを受領していた。

⑤ 原告会社は、当初は萩原個人の責任を追及していた。

⑥ 被告会社が本当に本件南青山開発事業を進めていたならば、地上げ資金を原告のような街金融業者に依頼せずに、自ら資金を提供していたはずである。

三  原告会社の反論

以下の①ないし⑤の諸点に照らせば、萩原の詐欺は、行為の外形上、被告会社の事業の執行につきなされたものであり、かつ、萩原に代理権がなかったことについて原告会社には悪意重過失がなかったことは明らかであり、被告会社には民法七一五条の使用者責任がある。

①  被告会社は、不動産開発を業とする株式会社であり、被告会社において管理しなければならない債権とは、主に、土地開発に関連して下請けの地上げ業者に交付した前渡金等であり、そのような地上げ資金の債権管理・回収業務は、開発事業計画全体のなかで開発計画の縮小・拡大や、土地の取得及び処分等の方針と密接に関わるものであるから、本件事案のように子会社の三井不動産ファイナンスを介して先行投資した地上げ資金の回収を図るために土地の買付けとその手順を企画することは、まさに事務管理課が分掌する「債権の管理業務」に含まれるものというべきである。

②  萩原は、原告会社の社員らを被告会社の本社ビルに招いたうえ、「本地上げ部分のように停滞している物件や債権を管理し、商業施設として開発していくことも『商業施設事業本部事務管理課』の仕事のひとつである」と述べていた。

③  萩原は、通常の地上げ業務の取纏めをするように、青山ビル開発株式会社の現場事務所に出入りして、現場作業を指示監督し、地上げ業務を被告会社が右会社と共に推進している旨原告会社に印象づけていた。

④  萩原は、野口忠弁護士に被告会社宛ての報告書を書かせ、あたかも被告会社が本件南青山開発事業を推進しているかのような外観を作出しており、原告会社はもはや弁護士が虚偽の報告書を結果的に書かされているとは思ってもいなかった。

⑤  萩原は、被告会社が約八割の株式を所有する子会社の三井不動産ファイナンスが本件南青山開発事業の地上げ資金を融資していることを登記簿謄本を示しながら説明していた。

第三  争点に対する判断

一  原告会社の主位的請求(契約上の地位の譲渡による売買代金請求)について

世界資源環境研究所が原告会社に対して本件売買予約契約上の地位を譲渡するためには、相手方である被告会社の同意が必要であると解されるところ、右同意について原告会社から主張がなく、これを認めるに足りる証拠もないので、その余の点(萩原の権限についての有権代理や表見代理の成否)について判断するまでもなく、原告会社の主位的請求(本件売買予約契約上の地位の譲渡による売買代金請求)は、理由がない。

二  当裁判所が認定した本件事実経過

1  萩原和夫は、平成四年七月ころ、被告会社の横浜支店用地課に勤務していたころ、地上げ業者のNTコーポレーションの西晴生から、「青山ビル開発という会社が三井不動産ファイナンスの融資を受けて南青山三丁目で開発事業を行なっている。しかし、事業は暗礁に乗り上げており、三井不動産ファイナンスも金を出すのを渋り始めている。何とかしたい。」旨の情報を得た(甲一四の四項)。そこで、萩原は、暗礁となっている今井コキン宅の地上げに自分が関与して利益を得ようと考え、被告会社横浜支店と取引のある栄光ハウジングという仲介業者の紹介で、世界資源環境研究所の代表取締役須田昭と知り合い、同人に今井コキン宅の地上げを依頼した(甲一四の五、六項、萩原証言)。

2  平成五年四月、被告会社では、萩原を横浜支店の用地課から被告会社本社の商業施設事業本部事務管理課に異動させた(乙六)。しかし、萩原は、本件南青山開発事業の案件は、後任者に引き継がず(甲一四の八項)、本社に異動後も、上司の国嶋事務管理課長や商業施設事業本部長に対し全く報告しなかった(甲一四の一一項)。

3  萩原は、地上げ交渉の経過について、NTコーポレーションの西晴生から、「今井さんが代替地として浅野宅ならばよいというところまで折れてくれたが、浅野さんにこれを納得させるためには川口宅の取得が必要となる。ただ、今井さんが本当に動くかどうかについては、今井さんに対する信頼を失っている三井不動産ファイナンスが疑っており、今井さんが立退きを約束するまではお金を出さないと言っている。川口宅を確保すれば今井さんも正式に同意をしてくれるであろう。」旨の報告を受けたので、問題は今井が立退きに同意して三井不動産ファナンスが資金を出すまでの間、川口宅を確保するための資金を融資してくれる金融業者を探すことであると考え、須田に対し、短期間の融資業者を探すようにと述べた(甲一四の九項)。そこで、世界資源環境研究所の須田は、株式会社牧村総研の牧村吉浩の紹介で、中堅の不動産関連業者である丸金コーポレーションを知り、同社を訪れて、世界資源環境研究所が本件土地を地上げして三井不動産に売却するまでの繋ぎ融資として三億二〇〇〇万円の短期融資をしてほしい旨申し入れた。

4  萩原は、七月一五日ころの勤務時間中に、被告会社本社ビル八階の応接室において、須田に連れられて被告会社の買取意思の確認のために被告会社を訪れた丸金コーポレーションの木田開発事業部課長(同社の金融子会社である原告会社の融資部主任を兼任)に対し、「三井不動産株式会社商業施設事業本部事務管理課課長代理 萩原和夫」という名刺(甲二)を差し出して自己紹介したうえ、開発地域が書き込まれている南青山三丁目の地図を示しながら、「この地域が、三井不動産が三井不動産ファイナンスを通じて青山ビル開発株式会社という会社を使って地上げをさせている地域であるが、地上げが暗礁に乗り上げ、現在は停滞している。事務管理課は、商業施設事業本部のなかでは各部を総括的に監督するような部署であり、停滞した地上げの債権回収を図ることも担当している。三井不動産グループは地上げ部分の所有権を売買代金と融資金を相殺することによって取得するつもりであるが、場合によっては競売手続で自己競落することも考慮している。三井不動産グループとしては、青山通りに入口を付けるべく買収を進め、近い将来は、ここに三井不動産の商業施設を開発する予定である。仮に、地上げ地区に隣接する今井宅を最終的に三井不動産グループが取得できなければ、青山通りに入口を設置する途が閉ざされてしまい、計画商業施設の経済的価値が半減してしまうため、三井不動産グループとしては是が非でも今井宅を買収したいと考えている。しかし、今井宅の所有者はこの地域から離れたくないという希望があり、近所の代替地提供が立退きの絶対条件となっている。今井宅所有者との交渉は三井不動産が野口弁護士に委任しており、同弁護士を通じての紆余曲折の交渉の結果、今井宅所有者は、浅野宅を代替地として希望している。しかしながら、代替地である浅野宅の所有者も同様に近所の代替地提供を立退きの絶対条件としており、その浅野宅所有者の希望する代替地が旧川口宅である。浅野宅共有者の一人は設計士であって、既に本件土地に建築予定の建物の図面を設計中であり、この旧川口宅を代替地として取得できることを条件に立退きに同意している。そこで、三井不動産としては旧川口宅の取得を世界資源環境研究所に依頼しており、同研究所が買手一番手として交渉中であるが、旧川口宅には他からも買受希望者が現われているので、三井不動産としては、なるべく早い時期に旧川口宅を同研究所に取得させたい。そこで、三井不動産グループが融資をするまでの短期のつなぎ融資として三億二〇〇〇万の融資を丸金コーポレーションにお願いしたい。」旨説明し、短期の融資を依頼した。その後、萩原は、世界資源環境研究所の須田社長と共に、原告の担当者木田を本件南青山開発事業の予定地域に案内し、被告会社の意向に従って地上げをしている会社の一つとして、NTコーポレーションの現地事務所(三井不動産ファイナンス所有土地上に立てられた事務所)を訪問し、青山ビル開発の元役員であった人物として、NTコーポレーションの西晴生社長を木田に紹介した(甲二、一三、一四、木田証言、萩原証言)。

実際に南青山三丁目では、別紙図面(甲九)のとおり、二一一番が平成四年二月二六日売買を原因として三井不動産ファイナンスの所有名義に同日付けで所有権移転登記されており(甲一〇の一)、その地上にNTコーポレーションの現地事務所が建てられていたうえ(木田証言)、その隣接地にある青山ビル開発所有名義の八筆の土地について三井不動産ファイナンスが平成元年一二月一三日付けの極度額二〇〇億円の根抵当権設定登記等を経由していた(甲一〇の二、四、六、七、一四、一五、一七、一八)

5  そこで、丸金コーポレーションは、萩原に対し、「被告会社が本件土地を三か月後に買い取る旨の保証をするならば融資に応じても良い」旨の方針を伝えたところ、萩原は、「被告会社は未だ表に出ておらず、あくまでもダミー会社を使って地上げしている。被告会社が表に出るときは、周辺の地価や賃料相場に与える影響も考えなくてはならない。したがって、被告会社として書面を出して、これが表沙汰になると都合が悪い。」と一度は難色を示した(甲一三、乙八の一頁、木田証言、萩原証言)。しかし、その後、原告会社の木田が交渉を続けた結果、平成五年八月四日ころ、萩原は、ようやく右申入れに同意し、丸金コーポレーションに対し、被告会社の買取保証書を交付するので被告会社の本社ビルに来るようにと連絡し、それに従って被告会社の本社ビルを訪れた木田に対し、八階応接室において、「三井の信用」について説明したうえ、被告会社には本件土地が絶対に必要であること、第三者に本件土地が渡ってしまうと被告会社は困るので、世界資源環境研究所に本件土地を取得してほしいこと、諸手続上すぐには被告会社が購入できないが、三か月後には必ず本件土地を被告会社が買い受けるので、安心して世界資源環境研究所に本件土地の購入資金を融資してほしいことなどを再び繰り返し、買取保証書(甲三)を交付した。その買取保証書には、「世界資源環境研究所代表取締役須田昭」宛てに、「標記の件、貴社が取得する下記表示物件を取得日より三ケ月以内に金四億円にて弊社にて買取ることを確約するため本書一通を差し入れます。」という記載がなされ、「三井不動産株式会社商業施設事業本部 萩原和夫」という記載がなされ、その右横には萩原の個人印が押捺されていた(甲三、一三、木田証言、萩原証言)。

6  平成五年八月一七日、丸金コーポレーションの一〇〇パーセント子会社である原告会社が世界資源環境研究所に対し、本件土地の購入資金として、三億二〇〇〇万円を貸し渡した(甲四・但し、金銭消費貸借契約書上の貸付金額は一括前払いの金利を上乗せした三億五一六四万八三五一円となっている。乙八の二頁)。なお、原告会社では物件の時価の七割相当額までしか貸し付けないのが通常の取扱いであったが、本件貸付においては、被告会社が四億円で買い取る旨の保証書があったので、例外的に物件の相場を上回る担保評価を行なって三億二〇〇〇万円を貸し付け、本件土地と地上建物に対して債権額三億五一六四万八三五一円の抵当権設定仮登記をした。そして、同研究所は、右同日、右貸付金によって本件土地及びその地上建物を斉藤正江他八名から買い受け、その所有権を取得した(甲一の一、二、一三、乙一六、木田証言)。

7(一)  平成五年一一月一七日には、約定の買取期限である三か月が経過していたにもかかわらず、萩原は、原告会社に対し、買取期日及び世界資源環境研究所の返済期日を一か月猶予するように書面で申し入れた(甲五、乙八の二頁、木田証言)。右書面には、「なお本件にからむ今井宅の移動について野口弁護士と話合いを行っておりましたが、移動の書類がとれる目途がたちましたので売渡し承諾書取得時資金清算を弊社関連会社三井不動産ファイナンスにて至急行い、これによって同社より(株)世界資源環境研究所に融資という形で、貴社に対する債務の返済を実行させますので、上記の一ケ月延長につき、重ねて御願い申し上げます。」と記載され、手書きで、「三井不動産株式会社商業施設事業本部課長代理 萩原和夫」と記載され、萩原の個人印が押捺されていた。

(二)  しかし、その一か月後の平成五年一二月一六日ころには、萩原が原告会社に対し、今井宅の地上げが不確定であるから三井不動産は買取りできないと回答するに至った(乙八の二頁)。また、同日には、萩原と木田が、今井宅の買収交渉をしている野口弁護士の事務所を訪れ、買収状況の報告を受けた(乙八の二頁、木田証言)。

(三)  平成五年一二月一七日、萩原は、原告に対し、さらに一か月の猶予がほしい旨書面で申し入れをした(乙八の三頁、木田証言)。右書面は、「三井不動産株式会社 商業施設事業本部 事務管理課課長代理 萩原和夫」という作成名義で、「標記の件については、弊社事業プロジェクトの代替地として取得いたしたく、現在移転者である今井様と浅野様の話し合いを行なっております。今井様につきましては、添付いたしました野口弁護士が仲立ちをして本年中に移転の書類をいただくよう鋭意努力中でございます。以上は、弊社の事業進捗状況の報告ですが、上記事項にかかわらず、平成六年一月一七日までに当該物件(南青山三丁目旧川口邸)を金四億円にて弊社が購入又は弊社関連会社に購入せしめますので、上記期日まで延長の程よろしくお願いいたします。」と記載されていた。

(四)  平成六年一月一四日、萩原は、原告会社に対し、一月末まで猶予してほしいと申入れをした(乙八の三頁、木田証言)。

(五)  萩原の再三にわたる猶予申入れに対し、原告会社では不信感を抱き、萩原と須田を問い詰めたところ、本件貸付金の使途は概ね、土地代一億七五〇〇万円、金利三二〇〇万円、萩原取り分三〇〇〇万円、須田取り分六〇〇〇万円、諸経費三九〇〇万円であったことが判明した(乙八の三頁、木田証言)。

8  萩原は、平成六年二月一七日、退職金を受領して、被告会社を退職した。退職の直接の理由は、世界資源環境研究所の須田が萩原に対して貸金債権を有すると主張し、須田の意を受けた暴力団構成員が債権取立てのために直接に被告会社を訪れ、被告会社自体に圧力をかけたことなどにあった。警察からの情報によると、須田自身も暴力団組織の準構成員であり、萩原は同年一月ころにその事実を知った(萩原証言)。しかし、原告会社の木田は本件訴訟に至るまでそのような話は全く知らなかった(木田証言)。

三  原告の予備的請求(使用者責任)についての判断

1  萩原の詐欺について

右認定の本件事実経過によれば、萩原は、真実は被告会社が本件土地を買い取る予定がなく、かつ、萩原には被告会社を代理して本件土地の買取りを確約する権限もなかったにもかかわらず、原告会社に対し、被告会社が本件土地を四億円で買い取ることを確約して買取保証書を交付し、自分にはその代理権があるものと虚偽の事実を申し向け、原告会社をしてその旨誤信させ、被告会社の買取りを前提とした三億二〇〇〇万円の繋ぎ融資を世界資源環境研究所に実行させたものであるから、詐欺の不法行為をしたことは明らかである。

2  「事業の執行につき」といえるかについて

次に萩原の右行為が行為の外形上、被告会社の事業の執行につきなされたといえるかどうかについて判断するに、萩原が所属していた被告会社本社の商業施設事業本部の事務管理課には、原則として、流通施設用地の取得契約を締結する権限はなかった。すなわち、被告会社の組織規則(乙一)によれば、被告会社の商業施設事業本部の事務管理課の分掌する業務は、商業施設事業本部の(1)長期・期別事業計画の策定・管理、(2)諸勘定の仕訳・記録、原価計算、決算整理、月次・期別の財務諸表・資金運用表の作成、(3)棚卸資産、固定資産(建設仮勘定を含む)、金銭債権・債務、未決算勘定の管理・保全、(4)業務の調査研究・企画立案、総括・調整、(5)所管関係会社の管理・育成、(6)本部長印・本部印並びにSC事業部及びホテル事業部の部長印・部印の保管・押印、(7)その他商業施設事業本部内各部門・他課に属さない事項となっており、当然には、土地取得の権限を有していなかった(乙六)。さらに、被告会社の職務権限基準表(乙四)によれば、土地の取得について権限を有する部署であっても、萩原が務めていた課長代理には何らの権限もなく、課長になって初めて土地取得に関する提案・起案を行なう権限が与えられているにすぎず、発議は部長が行なうものとされ、用地取得については一億円未満についてのみ、事業計画については投資額二億円未満についてのみ、所管部長に決定権限があり、これらを超える額の用地取得・事業計画の決定については、全て金額に応じて担当役員、副社長、社長の決裁を要するとされていた。

しかしながら、被告会社の組織規則(乙一)によっても、事業展開上合理的な必要がある場合は、分掌事務の定めにかかわらず、各部門において、他の部門の分掌業務についても遂行することができるとされていたところ(乙一の第一六条)、本件売買予約契約が成功すれば、被告会社の金融子会社の三井不動産ファイナンスが抱えていた約二〇〇億円もの不良債権が回収できるかもしれないというのであるから、親会社の被告会社にとっても、「事業展開上合理的な必要がある場合」に該当しうるものと推認される。また、流通施設用土地の取得は、原則として、商業施設事業本部内のSC事業部の事業課の分掌事務とされているが、右のとおり、事務管理課は商業施設事業本部内の「総括・調整」を行なうとされているから、例外的に事務管理課が流通施設用土地の取得に関係することもありうるものと認められる(甲一四の八項、乙一、五、萩原証言)。さらに、被告会社の商業施設事業本部の事務管理課は、「債権の管理」を行なうとされているのであるから、地上げが停滞して不良債権化した資金の回収に関連して本件土地の買収を企画することも「債権の管理」に含まれると解される。そして、それらは、極度額二〇〇億円の根抵当権を設定するような大規模な事業については、その金融子会社である三井不動産ファイナンスの単独事業であったとしても、その親会社である被告会社が自らの業務として関与することもありうるものと解される。なぜなら、実際に被告会社は平成六年度に三井不動産ファイナンスに対して約八〇〇億円もの金融支援を行なっていることが認められるが(甲一六の一、二)、そのような直接の金融支援をするよりも、地上げ停滞を打開して三井不動産ファイナンスの青山ビル開発に対する約二〇〇億円もの不良債権の回収を図る方が、より少ない財政負担で済むからである。また、職務権限の点についても、最終決裁ではなく、取引の相手方との交渉実務は課長代理が担当することもあり得るものと推認される。少なくとも、被告会社よりも規模の小さい原告会社では、木田融資部主任(親会社の丸金コーポレーションの開発事業部課長)が一人で交渉実務を担当していたのである。したがって、本件においては、萩原が説明したように、仮に被告会社において子会社である三井不動産ファイナンスがダミー会社を使って地上げした土地を買い受けて、そこに商業施設を建設するという計画を有しており、かつ、その地上げが停滞して不良債権化していたと仮定した場合には、親会社である被告会社の商業施設事業本部の事務管理課課長代理の萩原が地上げ停滞を打開するために支障になっている地主に提供する代替地を取得する目的で売買予約の実務交渉をすることもありうるものと認められるから、萩原の行為は、外形上は、被告会社の事業の執行につき行なわれたものと認めるのが相当である。

3  原告会社の悪意重過失の有無について

原告会社の悪意重過失を基礎づける事情として、被告会社は、①「被告会社が第三者と法律行為をした文書であるならば、全て代表取締役社長名義で作成し、被告会社の公印が押されるはずであるのに、本件売買予約契約に関して被告会社が作成した書面であると原告会社が主張する甲三、五及び六号証においては、被告会社の公印がなく、萩原個人の名義で作成され、同人名義の印鑑が押捺されている」と主張するが、それは資金力のある著名企業の被告会社が表だって地上げに関する書面を出せば、付近の地価を上昇させてしまうなどの影響が出てしまうから会社として書面を出せない旨を当初に萩原が原告会社に述べていたことや、被告会社では大抵ダミー会社を使って土地開発をしていること(萩原証言一八頁)に照らすと、右個人印の点をもって原告会社に悪意重過失があったとは言えない。むしろ萩原から交付された原告会社宛て文書(甲三、五、六)には、萩原の肩書にいつも被告会社名が付記されており、本文においては、「弊社」が買い取るなどと被告会社が当事者として明記されている点を軽視することができない。また、被告会社は、②「巨額の土地取引においては複数の担当者が関与するのが当然であるのに、本件では萩原一人で対応している」と主張するが、木田証人が述べるように、被告会社のような大企業においては、課長代理一人が交渉実務面を一人で対応することがあると理解したとしてもやむを得ないように思われる。さらに、被告会社は、③「原告会社では、被告会社に対し、萩原の代理権や本件南青山開発事業に関して何らの照会・確認もしていない」と主張するが、原告会社担当者は何度も勤務時間中の被告会社に電話をかけたうえ本社応接室まで出向いており、萩原自身は自分の職務であると説明していたのであるから、それ以上に萩原に隠れて被告会社に萩原の代理権の有無を確認せよというのは原告会社に酷である。また、被告会社は、④「原告会社は全ての通知を萩原個人を指名して行なっており、萩原個人の印鑑証明書の提出を求め、これを受領していた」と主張するが、担当者が萩原であると説明されているのであるから原告会社が萩原を指名して電話をするのは当然のことであり、むしろ電話の会話内容からある程度の話が推測できたと思われるのにもかかわらず、どのような案件の電話であるかを萩原に確認せずに、萩原が勤務時間中に会社の電話や応接室を利用して、権限外の詐欺行為を行うことを放置してしまったところの被告会社の管理体制の方が問題であると言わなければならない。また、印鑑証明書の点は、これを原告会社が受領したと認めるに足りる証拠はないが、仮に受領したとしても、前記のとおり被告会社は書面を出して表に出せないと当初に萩原から説明されているのであるから、個人印や萩原個人の印鑑証明書を受領したとしても、これをもって原告会社の悪意重過失を推認することはできない。さらに、被告会社は、⑤「原告会社は、当初は萩原個人の責任を追及していた」と指摘するが、萩原が無権限だとすれば、詐欺ないし無権代理として萩原に責任があるので、その責任を追求するのは当然であり、被告会社に対する使用者責任の追求とは何ら矛盾するものではないから、右の事情をもって、原告会社の悪意重過失を推認することはできない。なお、被告会社は、⑥「被告会社が本当に南青山開発事業を進めていたならば、地上げ資金を原告のような街金融業者に依頼せずに、自ら資金を提供していたはずである」と指摘しており、その点はたしかにそのとおりのように思われる。しかしながら、原告会社の担当者木田は、慶応大学法学部を卒業後、昭和五九年から六三年にかけて住友不動産販売株式会社にも勤務して不動産関連事業に携わってきたという自分の経験に照らし、財閥系の大手デベロッパーの課長職やこれに準じた課長代理職は大きな権限を有しており、特に地上げ業務のように流動的で機敏な対応を必要とする性質の業務においては現場の決裁を速やかに行なうためにも、事実上課長やこれに準じる課長代理が取り仕切ることが多く、そのような課長代理の萩原から短期の繋ぎ融資を依頼され、被告会社の融資手続などの面から三か月位なら他社に融資を依頼することもありうると考え、不自然には思わなかったというのであるから(甲一、三、木田証言)、仮に落ち度があったとしても、それは軽過失を推認させ得るにとどまるものというべきである。そして、本件においては、実際に三井不動産ファイナンスが南青山三丁目の一筆の土地の所有権を取得していたうえ、その土地上には地上げ業者であるNTコーポレーションの現地事務所が建てられており、その隣接地にある青山ビル開発所有名義の八筆の土地には三井不動産ファイナンスが極度額二〇〇億円もの根抵当権設定登記等を経由していたというのであるから、被告会社が三井不動産ファイナンスないしそのダミー会社を通じて商業施設建設のための土地開発を進めているという萩原の説明を原告会社が信じてしまったのは、もっともであると言わなければならない。この点について、国嶋証人は、三井不動産ファイナンスが独自に南青山ビル開発に不動産担保融資をしただけであって、萩原の説明は馬鹿げている旨証言するが、青山ビル開発という社会的信用もそれ程高くないと推測される会社に約二〇〇億円もの巨額の不動産担保融資をするというのは不自然であり、実際に三井不動産ファイナンスが一筆の土地を代物弁済等ではなく「売買」を登記原因として所有権移転登記を得ている点に照らすと、右国嶋証言はたやすく採用できない。

以上のような検討結果や前記認定の本件事実経過全体に照らせば、原告会社において悪意又はこれに準じる重過失までは認められないものと解するのが相当である。

したがって、被告会社は、萩原が原告会社に対して行なった詐欺行為について、民法七一五条の使用者責任を免れない。

4  原告会社の損害

原告会社は、萩原の詐欺によって、被告会社が本件土地を四億円で買い取り、その買取代金でもって融資金が間違いなく返済されるものと信じて世界資源環境研究所に対し三億二〇〇〇万円の融資を実行したが、真実は萩原が述べたような被告会社による買取りの話は存在しなかったため、本件貸付金の返済を受けられず、世界資源環境研究所から本件土地を代物弁済として譲り受けることしかできなかったところ、右本件土地の平成六年六月二四日の時価は、一億〇七四五万円であると認められるから(甲一一)、結局、原告会社は、本件貸付金との右時価との差額である二億一二五五万円相当の損害を受けたものと認められる(木田証言)。

したがって、被告会社は、民法七一五条の使用者責任に基づき、原告会社に生じた右二億一二五五万円及びこれに対する不法行為の日である平成五年八月一七日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の損害を賠償すべき責任がある(なお、被告会社は、第一審においては、過失相殺の主張をしないと述べた。)。

四  結論

以上によれば、原告会社の主位的請求(売買予約に基づく代金請求)は理由がないが、原告会社の予備的請求(民法七一五条の使用者責任による損害賠償請求)は理由がある。

よって、主文のとおり、判決する。

(裁判官齊木教朗)

別紙(省略)

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